守田蓑洲旧居

「守田蓑洲旧居」は今から150年ほど前の江戸時代末期に守田家第27代当主守田蓑洲の頃に建てられ「蓑洲亭」と呼ばれていました。当初は主屋の屋根は草葺で、明治時代の初めに瓦葺に改築されましたが江戸時代の大庄屋の特徴をよく表している貴重な建築です。玄関には竹製の大和天井(簀子天井)が残り、土間の天井には黒光りする太い梁がむき出しのまま組まれ、歴史を感じさせる重厚な雰囲気を漂わせています。

室内は広間型五間取(いつつまどり)いう間取りで、広間は3つに分けられています。奥の4室は奥座敷・次座敷・中の間・納戸からなり、奥座敷は床の間や棚を設けた格式あるつくりとなっています。接客部分を重視した屋敷は通りに面して築地塀を廻らせ、西側に薬医門、東側に冠木門を構えています。

冠木門は明治4年に大橋洋学校教師オランダ人のファン・カステールを迎えたことからオランダ門とも呼ばれています。奥座敷からは背後にそびえる沓尾山を背景とし、自然石の石組みで構成された池泉庭園があり当時の趣を伝えています。守田家の屋敷は、江戸時代から明治時代を通じて小倉藩主小笠原忠忱などの藩要人や多くの文化人が訪れた歴史的場所でもありました。

守田家の歴史
守田家は、守護大名大内氏の重臣杉氏の家臣でしたが、江戸時代の初め、今井の地から沓尾へと移り居を構え、代々庄屋や大庄屋を務めた家柄です。守田家第27代の守田蓑洲(房貫1824~1910)は江戸時代末期、文久新地の干拓事業に尽力し、平島手永大庄屋、そして明治時代には福岡県議会議員などの要職につきました。守田家には、黒田二十四騎の一人として知られた後藤又兵衛が所持していたと伝えられる「槍」や守田蓑洲に贈られた「古稀寿賀帖」などが伝わっています。

〒824-0013
行橋市大字沓尾181番地
JR「行橋駅」東口より車で10分
太陽交通バス「沓尾入口」より徒歩10分

駐車場 旧居よこ5台
営業時間 10:00-17:00 (入館は16:30まで)
入館料 無料
開館日 土曜日、日曜日、祝日 (8月15日、12月28日~翌年1月4日は休館)

お問合せ
行橋市役所文化課
電話:0930-25-1111(1167,1168)